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エピソード
観測ノート13-2|責任の空白地帯
欠如 この衝突は、防げたはずだった。 必要だったのは、Ground Rulesだ。 このブッフェは「全員が一巡できること」を前提にしている。 二巡目以降は、量に余裕がある場合。 なければ厨房担当がカウンターから下げて一巡目の子を待つ。 これはルールではなく、教育方針だ。 これを、事前に、明確な言葉で提示する。 そうすれば、 「理不尽な制限」ではなく 「システムの仕様」として 受け入れられたはず だが、そのルールは存在しなかった。 なぜか。 作る責任者が、いなかったからだ。 空白 学校と管理会社の間に、誰も引き受けなかった領域があった。 想定される摩擦を洗い出す 起こりうる衝突を「起きる前提」で考える それを言語化して共有する これができる人間を、置かなかった。 いや、置こうとしなかった。 学校も管理会社も、こう考えていた。 「現場は回っている」 「問題が出たらその時考えればいい」 そして問題が起きたとき、前に出てきたのは コスト 契約 ルールの後付け 「寮の問題」というラベリング つまり、経営側の言語だった。 調整 揉め事が起きたとき、私は間に立

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5月18日読了時間: 3分
観測ノート13-1|ブッフェのこと
出来事 国際寮の夕食はブッフェ形式だった。 厨房スタッフの頑張りのおかげで、評判がいい。 毎日、その日のメニューが並び、生徒たちは自分の皿に好きなものを取って席につく。最初の一巡目は、誰もが適量を取る。二巡目になると、気に入ったものをどっさりと盛る子も出てくる。 逆に、私がこれを取ると「後の子の分がなくなる」ことを心配する学生もいる。 そういう状況に対しては、また作ってもらうからとりあえず持っていけ、で済ませる。 本当に作れるかどうかは、どの程度の食数を消化したか、材料があるかどうかで決まる。 そして、最終的には必ず用意した料理が余る。 それは関係者の賄いに回されるか、処分される。 ある日、それが問題になった。 「どうせ捨てるなら」 外国人教師が言った。 「どうせ最後には捨てるんだろう? だったら、金を払っている人間が好きなだけ食べてもいいじゃないか」 彼らの論理は明快だった。 ブッフェは自由裁量のはずだ 金を払っている 最終的に廃棄されるなら、今取っても同じではないか 確かに、理にかなっている。 だが、私たちは反論した。 「まだ食事に来ていない

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5月18日読了時間: 3分
観測ノート12|ラウンジ清掃のこと
「 S 」 女子IB生のS、彼女はこの寮には住んでいない。 通学の子だ。 よく寮に遊びに来る。 寮と外の境界を、自由に行き来できる数少ない存在だ。 何度も顔を合わせているうちに、私に対する恐怖心も和らいだようだ。 日本語が非常に上手なので聞いてみたところ、母上が日本人、父上が英国人と教えてくれた。結婚を機に、父上は日本駐在員として活躍されることを選んだのだそうだ。 生まれながらのバイリンガル、彼女の人生は、生まれた時からストロングポイントが与えられている。 とてもラッキーだが、ご両親の意識がそこになければこうはならない。 ここまではその通りの話なんだが、私はこの当時、大きな思い違いをしていたようだ。 私だけでは無いと思うので説明しておきたい。 二つの言語を持つということは、二つの価値観を行き来することでもあるらしい。 例えば、日本語を話す時は礼儀や謙虚さを意識し、英語を話す時はより個人の主張を強めるなど、言語によって性格や振る舞いが変わる感覚(Cultural Frame Switching)を持つことは少なくないようだ。 さらに、子によってはア

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5月18日読了時間: 5分
観測ノート11|最後のメッセージ
出会い Aは日本人だが、Pre-IBを修了してIBDPに進級、寮から学校に通っている。 入寮当初は、まだまだ中学生時の幼さが残る女の子だった。 背は小さく、声も細い。 初対面の時、私が話しかけると緊張していた。 英語には相当の準備をしたようだが、授業についていくことが出来ず、毎晩泣きながら復習と予習をしていた。それを私はドア越しに知っている。 彼女の生活リズムは独特で、夕食後はすぐ眠りにつき、真夜中の2時か3時に起きて、勉強を始める。 ある時、授業が早く終わった日、ラウンジで机に突っ伏して寝ている彼女を見つけた。 教科書が開いたまま、ノートには英単語がびっしり。 よだれがノートにシミを作っている。 声をかけて起こすと、彼女は一瞬、自分がどこにいるのかわからない顔をした。 「部屋で寝なさい」 「…はい」 関わり 寝不足が続いているのか? 生活への影響を心配したが、ギリギリで崩れなかったところがえらい。 その代わり、土日はほぼ寝ていて連絡が取れない。 彼女と私は入寮当初から変わった関係が続いていて、ラウンジや食堂で出会えば、時事問題の質問をする。 こ

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5月18日読了時間: 7分
観測ノート10|宿泊の話
親が来る 訪ねて来た親に対して、親切や気遣いを示せば、子どもは喜ぶ。 それはごく自然なことだと思う。見返りを前提にした行為とも考えていない。 人として、普通のふるまいだ。 わかる人だけが気づいてくれれば、それでいい。 アイソレーション・ルーム 親が宿泊する際に使っていた部屋は、普段は空室だった。 なぜならそこは、本来「アイソレーション・ルーム(隔離室)」だからだ。学生が感染症に罹った場合、一時的に待避させるための部屋で、冷蔵庫、バス、トイレが備わり、生活が完結できるようになっている。 食事だけは、私が「病人食」と呼んでいるものを運ぶ。医師の許可が下り、回復すれば、学生は元の部屋へ戻る。 コロナやインフルエンザが流行していた時期には頻繁に使用したが、それ以外の期間は、ほとんど使われることがなかった。そのため、便宜的にゲスト用の部屋として流用することができた。 問題があった しかし、問題があった。 学生寮では、必ずしも衛生意識が徹底されているとは限らない。 特に男子学生は、外出から帰寮しても、トイレの後も手を洗わない者が多数いる。 それは事実だ。..

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5月18日読了時間: 5分
観測ノート01|壊れた楽器
序文 このエピソードに登場する学生たちは、評価や分析の対象ではない。私が現場で直面した判断を振り返るために、本人が特定されない形で経験を記録している。彼ら一人ひとりには、この文章だけでは語り尽くせない人生と事情がある。そのことだけは、最初に記しておきたい。 寮で過ごした時間の中で、一人の学生と、二度、同じ場所に立った。 一度は、祖父の形見の楽器が壊れた日。 もう一度は、共同生活のルールをめぐって、 彼と私が別々に登りかけていた梯子が、同時に外れた時だ。 観測ノート01と観測ノート08、この二つの出来事は、別々の話ではない。 生活と学業のあいだで 留学生寮で働いていると、 学生の生活の仕方が、そのまま学校での様子につながっていることを感じる。 ある中国人の男子学生がいた。 観測ノート08の彼だ。 出来事としては、観測ノート08の件が先に生じた。 来日当初の彼の家庭は不動産業を営み、裕福だった。 しかし、本国の不動産バブルが弾けると状況が一変した。 留学にかけられる余裕が限られてきたようだ。 親に負担をかけている分、彼は真面目で、学業に熱心だった。.

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5月18日読了時間: 4分
観測ノート02|文化を説明した日
問題 留学生寮で働いていた頃、生活指導がうまくいかない場面が何度もあった。 ゴミの分別や夜間の騒音。 学生たちは、本国で馴染んでいた生活をそのまま持ち込む。注意しても、行動は変わらない。学生だけではない。これらは外国人教師といえども同じだった。 ルールを気にしない。皆、自分が思う通りのことしかやらない。 叱ることにも意味を感じられなくなる。 転換 ある時、やり方を変えた。 伝わらないことへのもどかしさがあったからだ。 ルールを守らせるのではなく、文化を説明することにした。 文化とは、ルールの背後にある"なぜそうするか"の集積だ。 共同生活を成立させる理由の積み重ねとも言える。 だから私は、その背景を説明することにした。 実践 ゴミが分別されなかった場合、誰が、どんな作業をすることになるのか。 私がゴミの分別をしている実際の様子を写真に撮り、学生に配布した。 ゴム手袋とトングで、残飯の付いたペットボトルを袋から取り出している。 カップ麺のカップには、スープと麺の残りがそのまま残されている。 ゴミ袋はスープでベトベトの状態で放ってある。 これも私が後

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5月18日読了時間: 3分
観測ノート03|それでも言えなかったこと
彼女 今になって振り返ると、何かを言うべきだったのかもしれない、と思うことがある。 彼女は、ほとんどの時間を勉強に使っていた。 授業が終わると部屋に戻り、食事の時間になっても姿を見せないことがあった。 食堂ではなく、自分の部屋で食事を済ませることが多かった。 誰かに合わせるより、自分のペースを守ることを選んでいるように見えた。 机の上には教材とノートが積み上がり、ベッドは、休むためというより、一時的に体を横にする場所になっていた。 共用スペースで誰かが話していても、そこに加わることはなかった。 外に出る理由も、特に見当たらなかった。 16歳や17歳でしか使えない時間が、静かに、勉強の中に吸い込まれていくように見えた。 16歳で読む本と、30歳で同じ本を読むのとでは、印象もとらえ方も違う。 その年齢でしか開かない扉があると私は思っている。 ただ、それは私の価値観でしかないことも事実だ。 周囲の学生たちは、ゲームを楽しんだり、映画を観たり、体を動かしたりしながら、それぞれの形で時間を使っていた。 彼女は、その輪の外にいた。 彼女は私が話しかけれ

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5月18日読了時間: 2分
観測ノート04|20人の重さ
子ども20人+文化差20人──高校留学生寮の知られていない現場報告 誤解 「20人なら楽でしょ?」 海外から新入生を迎える時、IB担当者からそう言われたことがある。 そのとき、私は返答しなかった。 会ってみなければ、わからない。 しかし、実際に寮にやって来た高校留学生たちは、私が想像していた「子ども」とは大きく異なっていた。 彼らが"できない子"なのではない。 その背後には、学業に集中させるための家庭の合理と生まれ育った国の文化がある。 朝、起きられない。 食事のタイミングが分からない。 洗濯物を放置する。 ゴミの分別ができない。 年齢は16〜18歳だが、生活能力はまだ発展途上に見えることもあった。 これが、私が国際寮で見てきた現実である。 密度 「高校生」と聞けば、多くの人はこう想像する。 もう大人に近い存在であり、 自分のことは自分ででき、 進路についても自ら考え始める時期だと。 しかし、寮に入ってくる留学生の多くは、生活という点では「大人の手を離れて間もない子ども」に近い。 朝、自分で起きる習慣がない。 3食を整えて食べた経験が乏しい。 洗

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5月18日読了時間: 7分
観測ノート05|学校が規則を崩した日
――私が沈黙を選んだ理由 例外 一人の学生が寮を出たいと申し出た。 家庭は裕福で、両親は本国の故郷でもちょっとした有名実業家という話だった。 過去に問題行動があり、進学の過程も平坦ではなかったらしい。 ブランクもあった。 日本のIBを選んだのも、選択というより、本人の進み方を整理した結果だったように見えた。 彼は学業成績が良いとは言えなかったが、カナダ国籍を取得した兄の影響もあって、英語だけは流暢だった。 香水をつけ、ブランドものを身にまとい、地方の学校にはそぐわない雰囲気をまとっていた。 それでも、不思議と私との会話は成立した。 音楽の話だけは噛み合い、それが理由かどうかはわからなかったが、学校の言葉には耳を傾けないことがあっても、私の言葉には反応した。 この学校の寮は、華やかさとは無縁の場所にある。 全寮制は18歳の彼にとっては退屈で、息苦しい環境だったのだろう。 学校と交渉の末、彼は一時間かけて街中から通学することを認められた。 本人からは、条件が通らなければ退学し、別の国でやり直すつもりだと聞いた。 前例 私はそこで立ち止まった。...

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5月18日読了時間: 4分
観測ノート07|書いてあることと、伝わっていること
駐車場 国際寮で働いていた頃、外国人教師の一人から、友人の車を寮の駐車場に停めたいという申し出があった。 駐車場は20台ほど停められる広さがあったが、普段使われているのは3〜5台程度だった。 空きは十分にある。時間も午前5時頃から昼まで。 友人たちとサイクリングに出かける間だけ置きたいという話で、事前の申し出でもあり、駐車すること自体に問題はなかった。 条件 私は一つだけ条件を伝えた。 駐車中、車の鍵を管理室に預けてほしい。 彼はこれに反発した。 友人の車なのだから、鍵まで預けるとは言えないという。 こちらにも理由があった。 その駐車場は寮に付随するもので、外部の車両や人が入れば管理室の管理対象になる。 ゴミ収集車などの大型車両が入ることもあり、さらに火災発生の場合は車を移動しなければならない。 何より、そこは子どもが生活している場所だった。 いくら教師の知り合いだからといって、それが無条件で受け入れられる場所ではない。 駐車場が空いているかどうかと、誰がどのような条件で使ってよいかは別の話である。 私はそう説明したが、折り合いはつかなかった。

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5月18日読了時間: 6分
観測ノート08|登りかけたはしご
構造 洗濯物から始まる話だ。 学生寮や社会人寮では、よくある問題だと思う。 洗濯機は共用物で、私が勤務していた学生寮では、 6〜7人に対して洗濯機2台、乾燥機1台が割り当てられる計算だった。 些細な洗濯機の順番ひとつでも、そこに"構造の再現"がある。 誰かが譲り、誰かが支配する。 些末な場所ほど、人の関係は正確に浮き彫りになる。 互いに迷惑をかけないように使う。 当たり前のことだが、なかなか通じない。 洗濯も乾燥も時間がかかる。 特に冬場は、乾燥中に寝落ちする子も多い。 結果として、共用物が「誰かの専用機」になり、 常に洗濯物に占拠されて、他の学生が使えない状態となる。 対策は考えた。 大きめの洗濯かごを用意し、前の人の洗濯物を退避させる場所を設けた。 だが、誰も使わない。 理由は単純だ。 使えるかどうかを確かめるためにランドリーまで行くのが面倒。 他人の下着を触りたくない。 問題 観測ノート01に出てきた彼が、 この件で一番困っていた学生だった。 割り当て人数の関係で、順番待ちは長くなる。 ただ、この寮は建物が大きく、 同じフロアに予備の洗濯機

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5月18日読了時間: 3分
観測ノート09|よい子のこと
よい子 Wは香港から来た女子学生だ。 IB生では珍しくN2を持っている。 読み書きはともかく、しっかりとした日本語を話すので、私ともカフェテリアのスタッフとも距離が近い。 人懐こくて、明るい。 ギターを弾き、アニソンを歌うことが趣味で、誰とでも、等距離で話ができる子だ。 でも、それが子どもなりに苦労して身につけた鎧だとすれば? 点呼 学生寮では、女子学生と男子学生は当然フロアが分かれる。 女子フロアに進むことができる関係者で、男性は私だけだ。 教職員、父親の訪問時でさえ、遠慮してもらう。 5月の連休の初日、ルームメイト3名はすでに旅行や帰省でいない。 私は夜の点呼をして回るが、そのフロアで残っているのは、このWという子と、もう一人、遠いユニットにいる2名だけだった。 ドア越しに名前を呼ぶ。 返答があればOK、そうでなければ事態を確認する義務がある。 その場合、私は女子の部屋にマスターキーで入室する資格を学校から得ている。 ICカードなので、私の入室がログで記録される。 私は、入室する時は念には念を入れて録音か録画をするが、録画だと見られたくないも

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5月18日読了時間: 6分
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