エピソード 08|登りかけたはしご
- 5月18日
- 読了時間: 3分
構造
洗濯物から始まる話だ。
学生寮や社会人寮では、よくある問題だと思う。
洗濯機は共用物で、私が勤務していた学生寮では、
6〜7人に対して洗濯機2台、乾燥機1台が割り当てられる計算だった。
些細な洗濯機の順番ひとつでも、そこに"構造の再現"がある。
誰かが譲り、誰かが支配する。
些末な場所ほど、人の関係は正確に浮き彫りになる。
互いに迷惑をかけないように使う。
当たり前のことだが、なかなか通じない。
洗濯も乾燥も時間がかかる。
特に冬場は、乾燥中に寝落ちする子も多い。
結果として、共用物が「誰かの専用機」になり、
常に洗濯物に占拠されて、他の学生が使えない状態となる。
対策は考えた。
大きめの洗濯かごを用意し、前の人の洗濯物を退避させる場所を設けた。
だが、誰も使わない。
理由は単純だ。
使えるかどうかを確かめるためにランドリーまで行くのが面倒。
他人の下着を触りたくない。
問題
エピソード01に出てきた彼が、
この件で一番困っていた学生だった。
割り当て人数の関係で、順番待ちは長くなる。
ただ、この寮は建物が大きく、
同じフロアに予備の洗濯機と乾燥機が存在していた。
彼は、寮の許可を取らずに、内緒でそれを使った。
私は注意した。
勝手なことをするな、と。
この時点では、まだ楽器が壊れる前で、
関係はその件を境に一気に悪化した。
対応
使えなくするのは簡単だ。
ブレーカーを落として鍵をかければいい。
だが、理解させたうえで使わせないようにするのは難しい。
同じ説明を繰り返し、相手が辟易するほど続けて、
ようやく「わかった」という返答を引き出した。
関係は、時間をかけてしか育たないのだと思う。
彼が持つ私への感情的な部分で代償は払ったが、これで終わったと思った。
介入
だが彼は、この話をIB担当に持ち込んだ。
私の言葉に納得したのではなく、別ルートを探したようだ。
彼はIB担当者に直談判し、担当は、冬場の洗濯物の乾きにくさにフォーカスし、
自分の権限で使用許可を出した。
私への相談はなかった。
私が、なぜそこにこだわったのか。
その説明をする機会もなかった。
私は、
登りかけた梯子を外されたような気がした。
本人が、ようやく理解しかけたところだった。
そこへ別の大人が入り、話をひっくり返す。
本人の便宜を図ったのだろう。
それが善意であることも、わかる。
だが、本人のためという視点だけでは、
共同生活は成り立たない。
そこには、彼に対する私の立場もあった。
それが共有されることはなかった。
彼と私の関係は、これから拗れ続けていく予感しかなかった。
苦情
私はIB担当者に苦情として伝えた。
期待した誠実な返答はついになかった。
これが「学校」というものなのだろう。
担当から見れば、私は外部の業者だ。
一緒に寮を作り上げる仲間ではない。
そのことが、ひどく残念だった。
気づき
だが、後になって思う。
登りかけていたのは、私だけではなかった。
彼もまた、日本の共同生活という梯子を、
不器用に、だが確かに登り始めていた。
外されたのは、私の立場だけではない。
彼が獲得しかけていた「適応」そのものだったのかもしれない。
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