6-1|人事と規制と時間
- 7月4日
- 読了時間: 6分
更新日:7月6日
シンガポール赴任
シンガポール…。
私はこの街で、人の人生を押し潰す側に回ることになる。
時間と制度の中で、人が押し出される話だ。
私が赴任した1992年9月当時は、まだリー・クァン・ユーさんが上級相(Senior Minister)だった。
私のアパートの向かい側 Oxley Road に彼の私邸があり、イスタナ(官邸:マレー語で宮殿の意)とは別のプライベート空間だ。
数箇所の哨戒ポストがあって、ライフルを構えた衛兵が24時間、警備をしていた。
窓から外を眺めると、時々兵隊さんと目が合う。胡散臭そうな目つきで私を睨む。
ここの住人なんだがな。何回も見てりゃわかるだろ。
ただ、彼らの腰の短剣というか、刀が特徴的だった。
会社のスタッフの説明で、それがグルカ兵ということがわかった以降は、なるべく視線を合わせないようにした。
スタッフの環境と、見えてきた問題
シンガポールにはきっかり4年間滞在した。
私は昇進し、最年少の支社長とおだてられたが、そんなことはどうでも良かった。
給与さえしっかり上がってくれればそれで十分。
家内は紹介を通じて、地元の音楽教室で働くようになった。
経営者は敬虔なクリスチャンの日本人女性だ。
私の人生で知り合えて良かったと思えるような人は少ないが、この女性はそういう人の一人だ。
今でも連絡のやり取りがある。
赴任当初は、スタッフと眼鏡の仕上げ方法を巡って、危うく香港の二の舞を演じそうになったことがある。
そこは学習能力を最大限に発揮、なんとか避けて通った。
スタッフは常時16〜18名いたが、流石に教育が行き届いた国で、総じて黙々と業務に取り組み、自分と家族の時間を大切にし、本当にトラブルが起きようのない環境だった。
しかし、人事の面で問題が生じた。
引継時、ボブという49歳の男性をマネージャーに据えて店舗運営をしていた。
以前も他の眼鏡店の責任者を務めており、その経験を買われてうちの会社にジョブホッピングした。
無遅刻無欠勤、周囲からは穏やかな人物として評価されていた。
店舗を任せておいても不安を感じることは全くないので、彼がマネージャーであることにはなんの問題もない。
見えてきたのは、次世代の扱い。
シンガポールの年金制度はCPF(Central Provident Fund)というものがあって、当時の条件では55歳以降、色々な受け取り方を選択できるようになっている。
彼がこのまま55歳まで勤務するとした場合、その下の若手はかなり長い時間を待って昇進の機会を得るしか方法がない。
私と彼が頑張って業務拡張の結果、支店が3つも4つも増えれば話は別だが、その時点ではもう一店舗を出して勝負をかけるか、留保して安定と安全に回すか、資力的に二択がやっとという状況だった。
最初の数ヶ月でわかったが、彼はそういうことに向く性格ではなく、どちらかといえば守りに入っている、そういう印象があった。
彼的には、55歳まで面倒臭いことが起こらず、老後に向けて安定したものを築き上げたい、ここにフォーカスされていることが何気ない会話の中からも読み取れた。
私の中で疑問がムクっと頭をもたげた。
それ、個人の問題を会社に持ち込んでない?
ただ…、ただしだ。
私もボブに、会社の問題を個人に引き受けさせる決断を下すことになる。
私が把握できた問題は3つあった。
人事、法規制、そして時間だ。
ウィリアムとヴィンセント
No.2にウィリアム、No.3にヴィンセントという30歳前後の男性社員がいた。
それぞれ腐らないよう、シニアチーフとジュニアチーフというタイトルを入社順に与えているが、マネージャーの給与とはかけ離れている。
特にウィリアム。
知識的にも技術的にも、彼が店のコアであることは誰が見ても明白だ。
その彼が他の眼鏡店に転職するかも。
私が赴任して1年が経った頃、ヴィンセントなりの心配から私が知ることになった。
理由はやはり将来の閉塞感。
これはヴィンセントも同じだ。
これは、まずい。
放置すればドミノ倒しでヴィンセント以下のスタッフに波及する。
彼らだって自分が成長し、チャンスを掴みたいと心の中では望んでいるはずだ。
その結果としての昇進、昇格、これが塞がれている。
規制の波――CLP と OOB
もう一つ並行して他の問題が発生した。
シンガポールの法制度が変更され、後のOOB( Optometrists & Opticians Board)に繋がる規制強化の流れが明白となった。
その前段階として、CLP(Contact Lens Practitioners Regulations 1996)が施行され、コンタクトレンズの処方規制が96年から実施されることになった。
資格者がいないと、眼鏡制作やコンタクトレンズ処方ができなくなるということだ。
人事と規制、両方とも重要案件なので、本社海外事業部の上長に電話で報告した。
彼は翌週、シンガポールに来た。
まず、私にどう思うか尋ねてくれたので、自分なりの対応策を時間軸と条件でで示した。
・資格者の獲得、あるいは育成が必須
・案件はCLPとOOBの二段階に分かれており、最初はCLPに備えること
・OOBに関しては、私が持つライセンスでは不足だが、幸い施行まで時間があるので、ここは選択肢をじっくり考えて後日、案を提出したい
たちまちCLPは私のライセンスで対応できる。
が、私も永遠にシンガポールにいるわけではないので、現地スタッフに取得を促す時が必ずくる。
現状、シンガポール支社でこれに対応できる人材として、資格取得後の勤続期間と試験合否の可能性、向学意欲があるウィリアム、ヴィンセントに絞ってはどうか?
将来性を取る。
ほぼ、上長の意見と同じようだったので、早急にCLP+OOB対策を講じるよう指示があった。
加えて、ボブの意識が少々離れたところにある点を報告、マネージャーとしての役割を終えてスタッフとしてゆったりめの勤務に切り替えてはどうかと進言した。
CPF受給まで時間はあるが、もうご苦労さま勤務でいいと思った。
退職を促すのではない。
CLP資格試験の受験も勧めたが、自分の専門は眼鏡だという返答が返ってきた経緯がある。
彼がもっと若い頃なら資格取得にも挑戦しただろう。
人は「失敗した時の損失」が先に見えることがある。
この歳で勉強?落ちたらメンツが失われる、そういった心の機微も読める。
ただ、彼にも守るべき家族と生活がある。
私は、本人が背負える責任の位置に戻すことにした。
規制に対応することで、会社も生き延びなければならない。
ボブへの配慮はした。
だが、組織としての要請もあった。
ただ、時間だけがなかった。
正直なところ、別の意味もある。
コストの問題もあった。
人件費が高まることが必須なので、ボブが資格取得に積極的でないならば、マネージャーからスタッフへの降格は条件的に必要だ。
むしろ、ウィリアムをマネージャーとして年齢給を下げ、そこに資格手当と資格取得費用を合わせれば、小さい誤差でなんとか全体の整合が取れる。
結局、本社もこれを支持することとなり、私はボブの降格ミッションを果たす羽目になった。
コメント