2-1|Rebel "With" a Cause
- 7月4日
- 読了時間: 3分
更新日:7月5日
学歴の壁、周囲への反発
私は会社に反抗していたわけではない。
仕事に対する姿勢、これが合わない人たちに反抗した。
社内試験で比較された私は、やっぱり学歴がないと不利なんだよなと自分を納得させた。
学歴がないから不利――そう思っていた。
しかし、私が引っかかったのは学歴ではなく、仕事感の差だったことに気づいた。
同じ売り場の10人いる先輩たち。
高卒は私だけで、女性社員3人を含めて、地方大学とはいえ大卒ばかりだった。
同じ売り場の大卒たちを見て、私が気にしたのは、顧客に対する責任を彼らはどう考えているのか。
私よりも真剣に知識や技術の習得に努めているとは感じられない、それが私の受け止め方だった。
果ては、眼鏡の仕上げに対して「うちは芸術品を作っているんじゃないんだ」とまで言われたことがある。
これが気になってしかたなかった。
私は入社して3年目だ。試験に合格したとはいえ、入社5年目や7年目の社員に比べれば、まだ知識も経験も浅い。実践と試験は当然違う。ヤマの張りようもない。
だから顧客に対しては、私は誠意しか買ってもらえるものがない。
顧客に対する誠意は、まずは自分がきちんとした知識や技術を整えるところから始まるはずじゃないのか?
芸術的精度の眼鏡を作って何が悪い?
「顧客のためにできることをきちんとやれよ。直向きさが足りねえんだわ」
これが態度に現れたと思う。
仕事への向き合い方、これが決定的に違っていたように思えた。
転勤――港の夜
24歳になった。
振り返れば、この時の上司は本当によく目をかけてくれた。
明確に意図を聞いた訳ではないが、このままでは私が埋もれてしまうと考えてくれたんだと思う。
1983年10月オープン予定の新店の開店準備委員に推薦するが、どうか?と尋ねてくれた。転勤すれば、序列が上がるので、眼鏡学校の入学も早くなるかもしれない。
何より、家賃が全額(今では考えられない)支給となるので、生活の余裕が持てた。
ふたつ返事で承諾した。
目標ができると、何かにつけ身が入る。83年10月に向けて、知識習得と理論武装に余念のない日々が続いた。
転勤当日、引越休暇をとってわずかな私物の荷出しと部屋の清掃を終えた。
車を持っていたので、夜間のフェリーと陸路で任地に向かうと会社にも申告していた。
百貨店の関係者にも売場にも挨拶を済ませた。
夜7時過ぎ、港で船の出発を待っていると、売り場の全員が見送りに来てくれた。
私にはとても意外なことだった。
挨拶はきちんと済ませたのに?
いろいろと揉めた人達であるにも関わらず、わざわざ勤務終了後にプライベートの時間を使って来てくれた。
私の中で、いつも身構えていた何かが崩れた。
こんなことを言うつもりはなかった。
が、何かが自然と頭を下げさせた。
「生意気な自分を受け入れてくれて、ありがとうございました」
新任地――新しい上司
新しい任地の生活が始まった。
先の上司は、新しい上司に私のいいこと、悪いこと全て伝えたようだ。
いきなり二人の間のルールを話し始めた。
「ここまでは無条件に受け入れる。ここからは絶対相談だ。」
私はなぜかこの会話が気に入った。
過去、こういった線引きをしたことがなかったので新鮮に感じた。
そして、「ここまでは無条件」。
これは私を信頼しようとしなければ出てこない言葉だ。
先の上司と、この上司。この人たちの信頼を裏切ったら、自分が自分でなくなる。
そう感じた。以後、この新しい上司が私のロールモデルになる。
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