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5-2|探し物を見つけた

7月4日
読了時間: 4分

更新日:6 時間前

ベンジャミン

暫くして、一人のお調子者が現地の顧客の眼鏡を調整中に壊してしまった。

このお調子者はベンジャミンという男の子だ。勉強はできたらしいが香港大学の入試で躓いた。

英会話には問題はない。


彼は私から大叱責を喰らうと身構えたが、ジャネットの視線が私に一拍おかせた。

私は理を説いた。

どうしてこういうことが起こった?

なぜその方法が正しいと思った?

結果としてお前は顧客の眼鏡を壊したよな?

そこにはちゃんとした理由があるよ。

いつもと違う私に戸惑ったのかもしれないが、彼は自分の考えを説明することで私の叱責を受け入れた。


普段はそうではない。

沈黙が答えだった。

「ベン、君はこのお客様に迷惑をかけたこと、そこから逃げちゃダメだぞ?それが一番大事なことなんだ」

顧客の眼鏡は、翌日彼が申し出て、責任を持って届けた。


何かが変わった

一人にこうすると、次もそうせざるを得ない。

スタッフは何か違うと感じ取ったらしい。

そういった時にジャネットが私の知らないところで介入したようだ。

私はもうこれまでのように怒らない。

ちゃんと理由を聞いてくれたでしょう?そして、こうすればいいと違う方法を話してくれたでしょう?


その後も男子2名、女子1名を採用した。

男子のうち1名はケルビンという名前で、香港理工学院でオプトメトリストコースを学んでいる現役の学生だ。

授業後、毎日勤務した。

生意気にも、光学理論で私に勝負を挑んでくる。

毎回返り討ちになることがわかっているくせに、しつこい。

本当に面倒くさい。

だが、付き合う。

私も、最後は奴をからかって終わることを楽しむことにした。


ジャネットがチューターで、ベンジャミンが技術的なことを受け持ち、売り場の清潔さや機械のメンテナンスなど、以前より目に見えて状態が良くなってきた。

こうなると、私も私の職務を果たさなければならない。

光学をスタッフに説明するための模型を自作した。

面倒でも機械操作の手順を一から説明し、マニュアルを作りなおした。

作り直したマニュアルが進化した箇所は、「広東語版」になったこと。

ベンジャミンとジャネットが翻訳と編集を担当し、ケルビンが理論的な部分を受け持った。私だけ置いていかれるとまずいので、理論的な部分を手伝った。

と、いうか、手伝うことで私だけがおいてけぼりになることを避けたかった。

私は何か、忘れていた感覚が戻ってきたような気がした。


探しものが見つかった

ジャネット、ベンジャミン、これ以降のスタッフと私は、その後2年間を一緒に過ごした。月間予算も、スタッフから疎外され、ひとりで切り盛りしていた時期も含めて連続達成50ヶ月を超え、百貨店から表彰を受けた。


香港からシンガポールに転勤が決まった後、私は全員を自宅に招いて夕食を一緒に摂った。私がメインにローストビーフを作り、嫁がスペアリブと中華惣菜を何点か作ってもてなした。

が、最も評判が良かったのはその品数合わせの一番安くて簡単な「中華春雨」だった。

こいつら…。

私のノートにはその夜の写真が貼ってある。

みんな笑っている。


この時、私は思ったことがある。

人は「正しさ」だけでは動かない。

私は権威に頼ることで秩序を保とうとしていたのかもしれない。

正しさそのものを武器にしていたのかもしれない。

それを押し付けられる人たちのことを忘れていたのかもしれない。

そして、自分にそこまで想いを巡らせる余裕がなかったのかも知れない。


でも、私はやっと探し物が見つかったような気がした。

敬意を払える人達と出会い、同じように敬意を返してもらえたこと。

私の会社員生活の中で、この時期がもっとも「明日」が来ることが怖くなかった時だったかもしれない。

少しの間だが、私は鎧を外して身軽になった気がした。


シンガポール――そして再会

93年10月、シンガポールの私にベンジャミンからエア・メールが届いた。

3年間かかったが、香港大学に入学したようだ。

香港理工学院現役のケルビンが刺激になったと書いてあった。

私は返信した。良かった。お前は努力した。報われるべきだ。働きながら3年間も勉強を継続するのは誰にでもできることではない。誇っていい。でも、ここがお前のスタートだ。これからも応援している。


ジャネットも94年夏、シンガポールに遊びに来た。

空港の到着通路で待っていたが、彼女が先に私を見つけた。

走り寄って来た。元気そうだ。全然変わっていない。

その時は彼女の旦那が一緒だった。

旦那が私と握手しながら放った最初の一言。

「初めて会うような気がしません」


ああ、ジャネットだったらそうなるよな。


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