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5-1|お話があります

  • 7月4日
  • 読了時間: 5分

更新日:7月5日

お話があります


ジャネット・リー

私は今でもこのスタッフのことを忘れない。

名前は特別な響きと韻を含む。

ジェニーとかジェーンでもない。

きちんと敬意を込めて「ジャネット」。

それほどこの人が私に与えたインパクトが大きかった。


ただし、これは特別な話でもなんでもない。

事実としてそれが起こり、私のトリガーとなった。

なので書いておかなければいけない、それだけだ。


彼女は当時22歳、日本語学校に通っていて、将来は地元で日本語を教えたいと話していた。

日本語はかなり流暢なレベル、私よりも上品な言葉で会話する。

しかも、英語も同程度で読み書きするトリリンガル。

このくらいできれば、他の大手日系企業など条件が良い勤務先を選べただろうに、なぜか彼女はこの会社を選んだ。


書き忘れたが、採用広告は私、採用面接は支社の責任者と分担が決まっている。

ただ、ジャネットの時だけは、面接日が責任者の帰国休暇と重なったので私が担当した。

面接はたいてい英語で行うが、この娘だけは日本語で通した。

しかも、最後までついて来た。


信頼が積み重なるまで

入社した当初、彼女には技術的な部分ではなく、私の雑用係、私の代理として銀行や役所関係などを担当してもらった。

学生兼パートなので、勤務できる日とできない日があったが、勤務する日は不思議と一挙に業務が前に進んだ。


しばらくしてわかったが、不思議でもなんでもなくて、彼女は人一倍気をまわすことに長けていた。

これをやれば次には必ずあれが必要になる。

眼鏡レンズの発注後の納期や遅れ、顧客への連絡と事情説明など。

私がどういう反応を示すかわからないので、ここは選べる状態で止めておこう。

それがメモとして残される。

そういった行為ができる人に、香港に来て初めて会った。

こうなると、彼女が私の信頼を得るのに時間はかからない。

4ヶ月が経つ頃には、全ての指示がジャネットを経由して他のスタッフに届くことが普通となった。

彼女が休みの日は、前日に細かい指示が日報に書いて残されていた。


彼女が勤務する日は、時間を作って本の話、映画の話、私の実家は京都に移っていたので、その京都の話など、できるだけ彼女が興味を持ちそうな話題を会話に織り交ぜた。

もちろん、愚痴も聞いてもらった。

彼女も祖父母のこと、外地にいる親戚のこと(彼女の家系は客家と分かった)、日本人の私が知らない習慣や歴史を語ってくれた。

私のランチボックスをひっくり返したり、傘を踏んでくの字に折ったりするなどおっちょこちょいなところもあるが、会社で唯一心が落ち着く時間、それを彼女から与えられた。


しかし、現地スタッフの流動は続いた。

原因は私。

以前と同じような、問題を起こしそうなスタッフがどうしても入ってくる。

会った途端に、肌感覚で私にはわかる。

それでも、教えるべきことはきちんと説明する。仕事だから。

言った通りにやらないで失敗する。数回は注意で済ます。

続くと注意では済まない。コストがかかっているから。

強めに言うと、翌日から来ない。

百貨店の警備員が話してくれたが、ある人間は、閉店後にわざわざ戻ってきて、私の机にある電話機を叩き壊したらしい。

確かに電話機が木っ端微塵になっていたことがあった。

警備員と百貨店側は警察に被害届を出すことを勧め、出入りがあったことの証言もすると言ってくれた。


でも、私は礼を言った上で、自分の一存でそうしなかった。

「いつでも相手になってやる」

当時は本気でそう思っていた。

私は殺伐とした雰囲気を纏っていたらしい。


お話しがあります

ある日、そんな私を見かねたのか、ジャネットから「お話したいことがあります」と言われた。

「まさか、退職?」「この雰囲気、なんとかならないですか?」どちらかだと思った。

彼女が休みの日、百貨店内のティールームで会った。

違った。

彼女は、

「私はあなたが本当に優しい人だと分かっています。仕事に真面目なところも、いろんなことをよく勉強して知っている、そういうところも尊敬しています。私に接してくれる時のあなたはそういう人です」

から始めた。

「仕事に真面目だから、スタッフに厳しくすることも多いでしょう。もちろんスタッフにも問題があることはよく分かっています。

でも私は、あなたが私に対する同じ態度で、他のスタッフに接するところを見たことがありません。

どうして本当のあなたの姿を見せようとしないんですか?一度、そういうことを心がけていただけませんか?お願いします」


こりゃ、説教か?

でも、声がうわずっていた。

言っていいことかどうか、きっと悩んだのだろう。

下手をすれば、これまでの関係が全て壊れるかもしれない。

でも言わなきゃ、といった覚悟のようなものが声と目から感じ取れた。


返答に詰まった。が、ジャネットの言うことなら聞かざるを得ない。

モゴモゴと、分かったというようなことを言ったと思う。

この時、私はジャネットの誠意に応えないと、自分の何かが崩れてもとに戻らないような気がした。

そう感じたことだけは覚えている。


それから、私はジャネットが言うような優しい人間でも真面目な人間でもない。

これまでの経歴が示しているとおりだ。

ただ、ジャネットが勤務する日は、母親の目を気にする子供に戻ったような気分になった。

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