3|越権という自己紹介
- 7月4日
- 読了時間: 6分
更新日:7月5日
越権という自己紹介
上司としての能力
帰国後、会社に宛てた総括レポートを作成した。
・ホノルル各店の状況分析(売上、利益率等の推移)
・スタッフの好みで、販売される商品が決定される恣意的な売場状況
・カッティング・マシンやグラインディング・マシンなどの老朽化
・使用する器具のリファインの必要性
・これらがクオリティ維持、顧客維持につながる可能性を指摘
などなど。
現場の真実を、組織の言葉で記述した。
教育と設備投資が不十分ではないかということが、私の目に映ったホノルルの現状だった。
読む人間がどう思おうと知ったこっちゃない的なことを10ページ以上書いた。
あとで聞けば、ホノルル支社長は取締役会から状況説明を求められたらしい。
この人は、私にとって論理的で親しみやすく、かつ、香港勤務という修羅場を潜り抜けて支社をオープンさせた一目置かれるべき人だ。
なのに苦労話は語らない。私が尋ねたときだけ答える。
とてもスマートで、自然と敬意を持てる人だ。
私のレポートが支社長に迷惑をかけることを先に思い付かなかった点を反省したが、もう一つ大切なこと、この人は私の越権を受け止めた上で、私には小言めいたことを一切言わなかった。
すみません。そして、ありがとうございました。
だが。
振り返って思えば、支社長は私の越権を叱らなかったのではなく、私に支社の問題を代弁させたのだと気づいた。
私がそれを「利用された」と感じなかったのは、私が未熟ということもあるが、支社長が前面に出なかったからだ。
私が別角度から気づいた形とし、支社長も「以前から報告してるでしょ」的スタンスで、別方向から改善に持って行く。
目的は同じ。
達成されればそのプロセスは些事だ。
ホノルル派遣を決定した直属の上司といい、この支社長といい、きちんと収めるべきところに物事を収め切る能力、私にも絶対に必要だと思えた。
利用されて悔しかったか?それはない。
むしろ、私に与えられた役割を果たせたような気がした。
トミー・ボーイの話では、結果として、次の期に最新鋭のカッティング・マシンと器具類が導入されたから。
ホノルル支社の、私を受け入れてくれたあの人たちに、少しは役に立てたかもしれない。
香港支社――人気最低のワケ
この会社の海外支社は東南アジアにもある。
特に香港支社は店舗があの狭い地域に3店もあり、売上高も他の支社に比べると相対的に大きい。
同じ会社の支社なのに、この香港支社、ホノルル支社に比べて社員の間では評判が悪く、人気が最低だった。
何が原因かというと、「つらい」ことが多いということだった。
私は、社内研修で香港帰りの先輩の話を長時間にわたって、どういうことが事実としてあるのか、聞いたことがある。
居酒屋で話しをせがみ、これに応えてくれたものだが、事実への肉付けは私が想像するしかなかった。
先輩の話を要約すると、しなくてもいい苦労をしなければならない、こういうことらしい。
少々物足りなかったので、ホノルル支社長に手紙を書いて、返答をもらった。
支社長の話は、香港の事情を細かに教えてくれた。
さらに、何事においても小さな積み重ねが最後にものをいう、誰に対しても誠実さを失うな、こういうことも教えてくれた。
返答を比較すると、やはり、このあたりも支社長は論理的だった。
香港について、当時はまだよく理解できていなかった。
実際に暮らせばなんのことかすぐにわかる。
しかも、支社長は返答が私に届いた頃合いを見計らって、ご本人から電話までかかってきた。
「不明な点は?」
比較しては申し訳ないが、ここからして対応内容に大きな差がある。
わかったこと
香港はまだ返還前で、英国の教育が深く根付いている時代だったので、英語教育は行き届いていた。
ただし、それは中産階級よりも上、アッパーミドルの話だ。 階層によって英語力が異なる。
これらの家の子弟はある程度の学力を備えることができるので、香港大学、中文大学、香港理工などを経て、行政機関やHSBC、ジャーディン・マセソン、スワイヤー、長江集団など香港を代表する企業に就職することが多い。
うちのような会社に来るスタッフは、それ以外の人たちだ。 生活圏も教育背景も違えば、使う言語も異なる。
だから、英語だけでは意思の疎通が難しい。 広東語が必須だ。 ここから、駐在員は孤独になる。
駐在員と現地スタッフ――溝
現地スタッフの問題点を数えているのではない。
お互いに理解できる構造が欠けていたことに触れたい。
ものを教えるにも、言葉や理屈が意のままにならないので、体で覚えさせることから始まる。
現地スタッフも、これに耐えられる人ならいいが、面白い仕事ではなくなる。 理解が追いつかないから。
加えて、日本人のオーバープレゼンス。
「こら、そこの駐在員。お前が偉いんじゃねーよ。お前を雇っている会社がいい会社だからここにいられるんだよ。勘違いすんじゃねーよ。」 これが彼ら香港人の本音。
現地人と駐在員の溝はすぐに出来上がり、日々、深くなっていく。
特に、我々小売業は、ファッション関連という面から見て若年層が圧倒的に多く、多くが中学や高校を出て転職を重ね、その後に入社というケースがほとんどだ。
これは百貨店も同様だ。 彼ら若い子はいつも、仕事が面白くないと苦情を言う。
なぜか? 面白い仕事、重要な仕事は古株が占めて手放さないから。
社内での価値も上がるし、ジョブホッピングも視野に入れている。
若い子達は、当初は日系ブランドで仕事と期待していたが、日本人も現地人も英語が不得手と言うのもあって、すぐにコミュニケーションが滞る。 誰だって、面白いはずがない。
しかも、それを放置する駐在員のなんと多いことか。
数年で帰国する腹づもりだからか?
自分が良けりゃいいってもんじゃないだろう?
小売業は、人を育てないと話にならない。
こうした背景があって、香港に赴任してもすぐに帰国願いが出てくる始末で、そのまま居つく人間は、どこか変わった人という評価が定着してしまった。
自ら手を挙げた
その香港支社。
私は自ら手を挙げて赴任を希望した。
不安はたくさんあった。
私自身が香港の環境に馴染むかどうか。
そこは、日本やホノルルとは異質な世界だという気がした。
でも、行く。
理由?
できる人の仲間に入りたかったから。
ここで言う「できる人」は、学歴や肩書の話ではない。
与えられた環境の中で、きちんと役割を果たせる人間のことだ。
それから、こっちがもっと重要。
私は自分に対して、自信を持ちたかった。
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