15|現在地
- 7月4日
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更新日:7月4日
現在地
壊れない選択肢を残すために
私は、2025年7月末までIB校の国際寮で働いた。
同じ会社で4回転勤をし、それぞれ異なる大学の国際寮とIB校を経験した。
エピソードに綴られていることは、全て体験談だ。
その後、妻とともに中古のマンションを購入し、生活の拠点を関西に移した。 環境を変えるためではない。
私達ももう若くはない。
人生の残り時間を前提に、妻と私の生活の規模と速度を整え直すための選択だった。
私は移住先でフォークリフトの資格を活かし、倉庫で働いた。
毎日10〜20kgの商品を抱え、棚に積み、降ろす。 特別な肩書きのある仕事ではない。
だが、この仕事を選んだ理由がある。
一度落ちた体力と筋力を回復させること。 生活の感覚を身体から取り戻すこと。
机の上だけで考えていると、世界は簡単に狭くなる。
現場から離れると、自分が何者でもないことを忘れ、知らないうちに肥大する。
それを避けたかった。
体重は、いま自分が最も自然だと思える位置まであと1kg。 90〜100cmの段差なら、ためらわずに飛び乗れる程度の筋力も戻った。
数字としては小さい。 だが、生活の実感としては大きい。
次の職場も決めてある。
外国人観光客のコンシェルジュ業務だ。
英語を、もう一度身体に戻すためでもある。
そして、この状態を土台に個人事業を始める。
私が引き受けるのは、 「伝わらないことで現場が止まっている文章」を整える仕事である。
寮の規則は英語で書かれているが、学生に届いていない。
手続きの説明はあるが、どこで迷うかが想定されていない。
報告書はあるが、次に何を判断すべきかが読み取れない。
そうした文章を、構造と、日英両面から整理する。
単なる翻訳ではない。
翻訳・編集にとどまらず、その文章が現場で機能するかどうかまで確認する。
重点は二つ。
判断に必要な情報が過不足なく揃っていること。
読んだ人が、次の行動に移れる構造になっていること。
寮で見てきたのは、問題が起きてから対応が始まる現場だった。
本来なら、もっと前で止められたはずの問題だった。
規則が届いていない。
説明が伝わっていない。
誰が判断するかが曖昧なまま放置される。
そうした小さな不整合が積み重なり、 修復できたはずの時間が失われ、誰かが疲弊していく。
私が整えるのは、その手前だ。
対象は、学校寮・教育現場、そして在留外国人支援。
規則や生活ガイドの再設計。 運営フローや情報共有の整理。 手続き案内や相談先の構造化。
文章にとどまらず、必要であれば運営そのものに手を入れる。
ただし、私は決定を代行しない。
問題を整理し、選択肢を明確にし、 無理の出ない判断材料を整える。
そこまでだ。
業務上の不安がない訳ではない。
というか、正直なところ、未知の世界なので不安だらけだ。
しかし、私は68歳の誕生月から、それまで繰り下げてきた年金を受給している。
家内の年金はもう数年間繰り下げて将来に備える。
年金が損得で語られることをよく耳にするが、私と家内はそういうスタンスではない。
文字通り、保険として捉えている。
生活基盤は整っている。
だから、無理に拡張する必要はない。
受けきれない案件を引き受ける必要もない。
価格を下げてまで仕事を維持する必要もない。
規模を大きくするつもりもない。
その代わり、引き受けた仕事からは逃げない。
無理に広げないことを前提に設計している。
若い頃の私は、組織の中で仕事をしていた。
役職や立場に助けられていた部分もある。
今は違う。 肩書きも組織もない。
だからこそ、生活の速度を上げすぎない。
引き受けられる範囲を越えない。
私がこれまで見てきたのは、 問題そのものではなく、 修復可能な時間が失われていく過程だった。
この現在地にいるからこそ、 私は、現場が壊れないための条件を整える側に立つ。
私は正解を提示する人間ではない。
どこで無理が出るかを先に見つける。
私は、壊れない選択肢を整える。
遠回りだったかもしれない。
新聞配達も、ホテルも、トラックも、寮も、別々の人生のように見えていた。
だが今ならわかる。
眼鏡店で学んだことも、
新聞社で経験したことも、
ホテルで背負った判断も、
寮で知った無力感も、
すべてこの一つの仕事につながっていた。
人が無理をしなくて済む形を探す。
壊れる前に、整える。
それが、私の仕事だ。
私はずっと、同じ仕事をしてきたのだと思う。
そして今、私の形成史はここで終わる。
だが、私はその仕事をこの現在地から自分の名前で始める。
あとがき
振り返れば、同じ問いを抱えたまま歩いてきた。そのたびに、少しずつ見える景色だけが変わっていった。
最初は、結果を出したかった。
次に、目の前の不具合を改善したかった。
そのうち、人を守りたいと思うようになった。
さらに、壊れる前に防ぎたいと思った。
そして今は、壊れない選択肢を残したいと思っている。
同じ場所を回っているようで、少しずつ見ている高さが変わってきたのだと思う。
Design Before It Breaks という言葉は、その変化の先にある。
だから私は、これまで私を支えてくれた人たちの名前を汚すような仕事だけはしたくない。
これから始める仕事も、私たちの生活を大きくするためのものではない。
妻と静かに暮らし、その上で少しだけ余裕が生まれたなら、その余裕は次の誰かへ渡したい。
恩返しではない。
恩送り。
それを、私たち夫婦の余生の仕事にしたいと思っている。
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