11|仲間がいない
更新日:10 時間前
退職の決断――外と内の理由
退職することにした。
研修期間が残り3ヶ月となった12月、私は決めた。
理由は2つ。
まず、新聞に明るい未来はなさそうだったこと。
戸別配達網(販売店のこと)縮小の影響を恐れ、デジタル単体での購読を積極的に推進できない。
デジタルがあることで紙媒体の販売数が減少する。
このジレンマはすぐには解消できないし、組織の末端に位置する人間には、扱える大きさの問題ではなかった。
ただ、ここまで一緒に積み上げてきたスタッフとの別れはつらかった。
彼らは私のスタッフではない。
仲間であり、友人だった。
一緒に考え、行動し、結果を出した。
彼らだから、この地域だから、この規模だからできたことだと思っている。
正直な気持ちと、私がこの後にやりたいことを彼らに説明し、理解を得られるよう努めた。
K氏は私の慰留をしてくれた。
今回導入した手法が過去になかった例として、販売局の新しい手法として一つのモデルとなったことを教えてくれた。
私はどこの販売店でもできることではない、あの販売店、あのスタッフ、それからK氏が担当だったからできた、と思うところを伝えた。
また、K氏は業界を取り巻く環境が厳しいことも率直に認めた。
高卒の私に敬意をもって接してくれたこと、いつも理由を深く尋ねずに私のバックアップをしてくれたことに感謝し、Sさんを後任に推して、正式に退職することを告げた。
以上が外的要因なら、こちらが私にとっての内的要因だ。
もっと自分を試してみたい。
今回行ったマーケティングは、マーケティングごっこだったという認識が強い。
ただ、リアルの現場でやってみて、数字に結びつけることができた。
もっとブラッシュアップすれば、どんな条件でも人並みのことができるんじゃないだろうか?
やってみたい。どうしても。
これでメシを食うには、知るべきことがもっとたくさんある。
条件と、プレゼン資料
マーケティングをやる!と決めたからには、それを必要とする会社を探さなければいけない。
比較的事情に通じている物販か?
同様にマーケティングに関係が深い営業か?
ただし、あまり事業規模が大きすぎるのは考えものだ。
私の目が十分行き渡り、ある程度の裁量も欲しい。
求人サイトを毎日巡回した。
条件は、データや顧客管理を私に任せ、進言を積極的に受け入れてくれること。
見つけたのは、地方の、冬は豪雪に見舞われる地域で売上規模が20億円ほど、近隣に15店舗を展開する眼鏡店だった。
聞いたことのない会社だったが、眼鏡店なら私の経歴も活かせる。
私は、初めてプレゼン資料を作った。
何ができるかではなく、何を目的として働きたいのかを明確にした。
二次面接は役員だったが、印象からすると、社内のほぼ全ての業務をこの人一人で取り仕切っている、そんな感じがする方だった。
面接の数日後、「本当に来ていただけますか」という確認の電話があった。
長男は、まだ小学校に上がる前だ。
ここは、機会を拾うべきだろう。
私は、その場で決めた。
12万件の顧客データ、実態は錯覚だった
最初に見えた問題は、顧客データだった。
12万件あるはずの顧客リストが、実際には重複だらけだった。
同じ顧客が、市内のA店、B店、C店で別人として登録されている。
その結果、同じ内容のDMが何通も届き、「いらない」という苦情が出ていた。
人口三十数万人程度の中核都市とその近隣に15店舗を有しており、顧客数が12万人強であれば完全なドミナントだと思ったが、シェアが大きく見えたのは錯覚だった。
誰も悪くない。
ただ、一括で管理する仕組みがなかっただけだ。
重複を整理するために、MS-AccessとExcelを使った。
派手なことは何もしていない。
住所、電話番号、購買履歴、来店店舗。
主キー(コンポジット・キー:電話番号・住所)で照合、同一人物を一人に戻す。
これに個人の眼鏡度数や購買情報などの詳細が入れば、眼鏡店の顧客データベースとしては、かなり有効だ。
だが、設計はするが、それは次の段階に回すことにした。
ここまででも、結構な時間と労力がかかり、周囲が追いつくのを待つ必要があったからだ。
作業は私とパートさんの2名だけで全てを行った。
彼女はMS MOUS(当時)のエクセル/エキスパートとアクセスの有資格者だったので、作業量は多かったが、我々2名で設計から実装までクリアできた。
彼女は、かなりがんばってくれたと思っている。
PCを扱える人物として応募、採用された。
ただし、入社した先にはその価値を認めてくれる人が見当たらなかった。
エクセルでマクロを組んでも、壊す奴はいてもその意義を理解する人間がいなかった。
そこに私がプロジェクトを抱えて入り込んだ。
彼女は、自分の能力を発揮できる場所を見つけたことが大きかったんじゃないかと思っている。
私の退職に少々遅れて、彼女も退職したようだ。
周囲の社員にとっては、私たちは惑星外生物という位置付けで、馴染み切れなかったのだろう、積極的なヘルプは最後までなかった。
ただ、面接時の役員が私達の作業時間を確保してくれたので、これは助かった。
結果、12万件あった顧客データは7万件になった。
アクティブと呼べる数は、そこまでだったということだ。
発送も本部からの一括に改めた。
試算すると、DMの送料だけで約四割が削減できる。
これだけで、年間の数字は目に見えて変わる。
私は、この浮いた分を別のところに回すことを提案した。
各店舗のインターネット回線と、IP電話への切り替え。
古い機材の差し替えや、提案や事例の即時共有。
結果、通信費はさらに下がり、本部・店舗間の連絡もスムーズになった。
現場が楽になると、空気も変わる。
…ハズだった。
が、何を思ったか、各店舗の店内を見渡せるIPカメラに投資したではないか!
建前は防犯、ということもできるが、実際には監視されているようで、気持ちの良いものではない。
そういうことに使う原資じゃない…、と考えはしたが口には出さなかった。
多分、の話だが、私と経営者の考える切り口が違うんだろうと思った。
ただ、経営上の何を守りたかったのか私にわからなかっただけかもしれない。
私としては、スタッフに悪いことをしてしまった、という気持ちが強かった。
売り場に立ちながら、データを読む
ある程度まで整理が進むと、私の業務は店舗勤務をしながら進める形となった。
売り場に立ち、接客をし、合間にデータを見る。
この人は、調整度数的に次回の買い物は傾向としておよそ2年後となるはず。
ここでトリビア的なことを一つ。
眼鏡のことにおいて誤解が多い部分だが、たとえば、近視用眼鏡に必要な度数を100%投入する訳ではない。
目的によっては、70%の眼鏡が疲れにくいなど、有利なことも多々ある。
あるいは、意図的に左右に度数差を設けることもする。
人によって条件が異なること、得られる結果が一定ではないことが眼鏡の面白いところでもある。
他の商品にはあまり見られない唯一無二のカスタマイズされた存在だ。
販売時に、次回の度数変更は2年後くらいですねと言えるのは、こうした加減が理解できる専門知識と技術があってのことだ。
だから、次回のDM優待にフラグを立てることができる。
ただし、こうした考えを適切に伝え、理解されるかどうかは別問題だ。
市内電車の運転手さん、安全運転のため、視力確認の測定だけでもというDM。
月末に送る。
顧客一人ひとり完全に読み切れたわけではない。
だが、「誰が・どの店で・どの価格帯を・どの頻度で選ぶか」その輪郭が予測できるようにはなっていた。
データは、過去を説明するだけではない。
次に打つべき手を、店単位で教えてくれる。
だが、データで見えていたのは、人の心ではない。
店舗ごとのRFM――
Recency(最終購入日:最近いつ購入したか)
Frequency(購入頻度:どれくらい頻繁に購入したか)
Monetary(購入金額:どれくらいの金額を使ったか)
の3つの指標で評価する。
3点とも高い水準の顧客が優良固定客であって、パレートによれば、売り上げの80%をこの層が叩き出すことになっている。
そして、この層は全体の顧客数の20%程度と云われるが、いずれも目安としてしか語れない。
しかも、ここは地方都市で年配の方が多い。
生活必需品としての補聴器や遠近両用眼鏡の購入が店の利益の柱となっている構図があり、単価が高く出るのは、そういった高額商品が多数含まれていることにも注意が必要だ。
マーケティングも、実はこの辺りをターゲットとして取り込むよう心がけた。
本当は、キーを叩けば個人の名前、住所、購入品目から矯正度数まで一覧で得られるようにすることが本筋だろうが、この時点ではそれで十分だった。
それ以上を求めるのは、この現場ではまだ早い。
私と周囲の理解度、習熟度の差が大きすぎる。
マーケティングは魔法ではない。
仕組みだ。
本質は同じだった
この頃、私はようやく気づいていた。
新聞社でやっていたことも、
ここでやっていることも、
本質は同じだということだ。
情報を集め、整理し、必要な人に、必要な形で渡す。
それだけだ。
新聞の時と環境が違えば、効き方も違う。
この眼鏡店では、評価は分かれるかもしれないが、「コスト削減」と「顧客満足」の両方に効果があったと思う。
数字がそれを証明したと思う。
ただ、カメラは余計だ。
私は、この仕事が好きだと思った。
派手さはない。
称賛もない。
だが、確実に何かが変わっていく。
そして同時に、
このやり方は、どこでも通用するとも思い始めていた。
大きすぎる器
だが、それを自分以外の誰かと「一緒にやる」ことは、話は別だ。
私に見えていたものが、
そのまま周囲にも見えていたわけではない。
私は外部から来た人間で、
仕組みは説明できても、
同じ速度で理解してもらうことまではできなかった。
結局、私はアンバランスな器で食事を提供したようなものだ。
それは器が大き過ぎたのかもしれないし、彩色の問題だったかもしれない。
全体的に何かがチグハグだった。
やっていることは、多分間違ってはいないと思う。
でも、経営者をして納得させきれていないことが致命的。
どうなんだろう?相手がいることだし、こうなると難しい。
仲間が欲しい。
Sさんとスレイマンは元気だろうか?
あの兄弟とシンママは進むべき道を見つけただろうか?
K氏はちゃんと会社の階段を登っているだろうか?
この会社には、私がやろうとしていることを一緒に面白がってくれる人間が、最後までいなかった。
私の居場所。
一体どこにあるんだろう?
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