10-1|インテリとヤクザ
- 7月4日
- 読了時間: 11分
インテリとヤクザ
新聞社、販売局という現場
新聞社。
誤解が生じないよう、先に断っておきたい。
大手の新聞社とはいっても、私の所属は販売局であり、その下部組織の販売協同組合というところに配属された。
さらっと入社時の条件を書く。
研修期間2年間、期間満了後の選択肢として、販売店出向のままマネージャーとして現地採用、個人店として独立開業(開店・運営資金の提供が受けられる)、退職から選べる。どれを選んでもOK。
販売戦略職担当として単なる営業職とは区別されて活動し、給与水準は一般企業と比較するとかなり良い。
背景をもう少し。
舛田利雄監督の『社葬』という映画がある。
メディア業界を揶揄する一般的な言葉として「新聞はインテリが作ってヤクザが売る」というものがあって、この映画にセリフとして登場する。
伊丹十三監督の「ミンボーの女」にも同様の展開がある。
インテリの言葉通り、入社そのもののハードルが高い。旧帝大、早慶、一ツ橋等、名だたる学校の卒業生が多くいる。
編集局となれば、学歴以外の強い武器が必要とされ、入局はかなり難しい。
さらに社内のヒエラルキーがあって、同じ大学卒で部長職であっても、編集局所属の部長がエライということがあるようで、それなりに格差が存在するらしい。
で、私が担当する仕事はその「ヤクザが売る」の部分だ。
拡販という名の消耗戦
令和ではあまり見かけないハズだが、平成ではヤクザが売る光景が随所で普通にみられた。
私が出向した当時は、私がこういった集団(地域的に、大阪、神戸近辺から集められたグループで、その団長が人を集める役割を担っていた)を引き連れて、リストを持って拡販したい地域に赴く。
家を一軒一軒ノックして、商品券か洗剤を付けるんで、3ヶ月(半年や1年だったら多めの報奨金が出る)うちの新聞取ってくれません?と訊いて回る、アレである。
今月はうちの新聞をやるが、来月は競合他社の拡販を、ということも普通にある。
ほぼ、絶滅危惧種と思ってもらって構わない。
それに、私は絶滅を全然危惧していない。
彼らは独特の美意識を持っていて、着てくるスーツが白黒の5cm幅の縦縞(一体どこに行けばそんなものを売っている?)だったり、明るめの柿色に白いエナメルの靴を合わせたり、まあ、とにかく一緒に歩くことが憚られるものだった。
中にはずるいことをする人間ももちろんいて、内緒話的に「1ヶ月だけでええねん、来月やめてもろてもかめへんよ」と言うこともある。
実際にそうなったら、私は組合を通じて団長に報奨金の返金("めくり"と呼んでいた)を求めるが、次回来た時にそいつから脅迫めいたことを耳元で囁かれる。
「兄ちゃん、あんた、わしら向こうに回してええんか?」
これに屈するようであれば、早々に他の職を見つけた方が良い。
言葉を発せず、薄ら笑いのメンチ切り。
怯まない人間を、彼らは嫌う。
チャンピオン、あなたの迫力からすると、猫パンチみたいなもんです。
ただし、こういう人たちの中にもプロ意識の高い人がいて、彼らは新聞店からも顧客からも信頼を寄せられる。が、多くはない。
構造への疑問、そしてメスを入れる
さて、本題。
大抵の顧客は、こういった押しが強い人間と向き合うことを嫌がる。
適当に、はいはい、3ヶ月ね。で済ませることもある。
こうなると紙面の理念がどうこうの問題ではない。
テレビ欄用。
また、見た目や言葉遣いがああいう感じなので、それに嫌悪感を持つ人も多い。
実際、拡販を行った後は、販売店に「2度とこういう人間を連れてくるな!新聞やめるぞ!」と言う苦情の電話が鳴る。
販売店は、あまり良くはないとわかっていても、人手の問題、慣習として継続する。
当たれば1回の拡販で得られる効果(売上確保)が大きく、しかも経費の大部分は販売局から各種名目で支給される構造となっていたので、トレードオフできないジレンマがあった。
私はここにメスを入れようと考えていた。
この構造は、長期で見ればコストがかかる割には結果に結びつくものが見た目ほど多くはない。
効果が薄い、これは数字が語っていた。
毎回当たれば、部数の積み上げに大きいものがあるが、競合もそこで同じことをやってくる。
最終的に金をより多く投入した方が勝つ構図。
部数を持っていかれ、部数を取り返し、結果、現状維持と変わらない。
しかも顧客の心象に悪影響を与えることが気に入らなかった。
消耗戦とわかっていても、それを止めると短期的にパイを持って行かれることが、経営者には怖かったはずだ。
このあたりをいじって、みんながハッピーになれる状況を作り出せないかと考えた。
問題は、この古い体質を壊し、科学的に分析し、一緒に前に進んでくれる私のパートナーを見つけることだったが、この業界では、現場にこれを求める事ほど困難なこともない。
しかし、幸いなことに私を担当する販売局お目付け役のK氏(私立の双璧、K大卒)は、私の説明を聞き届けてくれた。
誰しも、ちょっと考えればわかることなので、大袈裟な説明を必要とするまでもない。
K氏は、そういう人間が現場に現れるのを待っていた、そんな状況だったと思う。
部数850、配達の現場へ
私は街の外れに近い小規模のエリアを持たせてもらった。
漁師町と農家が混在している地域だ。
業界では新聞のことを「紙(かみ)」と呼ぶ。
社会的に問題となった「押し紙」もここから来ている。
部数850。
8人の配達員でカバーできるはずなんだが、一部の区域では配達先の間隔が離れていて、紙一部配るのに2分以上かかることがあった。
いかに全国紙とはいえ、時間がかかり過ぎ。
配り終えが午前6時過ぎになることもしばしばあり、これでは、朝が早い人には朝刊としての意味がない。
最低でも5時45分だ。
K氏に取り次いでもらい、配達員として、私がそこに参加することにした。
私がずっと配達をして回るということではない。
やはり、この基本ができないと、周囲が付いてこない。
それができて初めて私の言葉が通じる。
余裕が一人できたことで、時間的な問題は改善された。
最悪、遅くなりがちな区域だけ逆順に5部〜7部だけ配ることもした。
デポジットという発想
ただし、私が考えたのはそこではない。
デポジットを作った。
これそのものは、どの販売店でも台風の時など緊急措置的に行う。
目新しいものではないが、常設となれば話は違う。
(英語的には「temporary drop point/中継置き場」)
各コースが交わる接点、ここに区域ごとに残部数を置いておき、カブの重量を軽減する。
2速に落として走った場所を3速のまま走りきる。
ここにくるまで部数が余れば配り忘れ、足りなければ、まあそれはおまけでいいとして、予備から取り出して補充する。
全区間を2で割り、配り忘れが前半で生じたのか、後半で生じたのか、そこがわかれば思い出せるかもしれない。
当然、余るよりは不足させろとなる。
雨を避けることができる。
これもサービスのうち。
湿った新聞は触ると気持ち悪い。
ここに紙を置くのが私の仕事となり、雨の日は時間を作って、紙を一部ずつ雨用のビニール袋に入れて配達員を待った。
ただ、これもなんとなく行ったのではない。
どこに何部置くとどうなる?という仮説・検証を繰り返した。
オペレーション・リサーチの基本中の基本。
こうして、最も早いであろうコース、デポジットの数、部数の組み替えを整備した。
そのデポジットとなる箇所、例えばコープとか地元スーパー、理髪店の屋根付き駐車場がある。
事前に出向いて、使用料をお支払いするので使わせてほしいと頼んだ。
「◯◯新聞なんか、断りもせずに勝手に使ってるよー。うちの客でもあるし毎日じゃないんでなにも言わんだけよ。挨拶に来ただけでも気持ちええわ。ええよ、使いな。金、いらんわ。でも音は立てんといてな。」
義理はきちんと通す。
しかも、田舎の街だ。
常識的なことをしないのがこの業界の常識で、ここに楔を打つ。
配達部数によって報酬が違うので、ここは定数と呼べるものを設定し、配達員の不公平がなくなるよう配慮し、距離を部数として換算できるようにした。
まずは、配達関連の問題を片付けたことで、台風であっても、遅くとも6時前には紙がポストに入っている状況にたどり着いた。
この一発目をK氏は高く評価してくれた。
こうなると、次の提案が行いやすい。
Sさんと、奇妙なコミュニティ
私は、つくづくスタッフに恵まれたと思うことが多々ある。
この時はSさんという販売店の社員が私をサポートしてくれた。
彼はこの業界では珍しく大卒だ。
放浪の末、ここにいると話していた。
その放浪話がユニークで、インドやミャンマー、トルコが彼の舞台だった。
彼のワンコの名前は、畏れ多くも「スレイマン」だ。
販売店の誰よりも遥かに気品と力強さが漂っている。責任者の私よりもえらそうだ。
ガンジス川には牛の死体が浮いていて、それを気にせず人が沐浴していたなど、情景が浮かぶようで彼の話は飽きなかった。
オスマン帝国、神聖ローマ帝国、食事中も歴史話で盛り上がった。
この彼が、配達員として連れてきた兄弟がいる。
二人ともかなりイケメンだった。
彼らは宗教上の戒律に基づいた生活をしている関係で、この職業が生活リズムにあっていたようだ。
聞けば二人とも地元の超名門の公立高校を出ている。正岡子規の後輩であり、かつては夏目漱石が教鞭をとっていた。
さらにその兄弟の知り合いの女性(シンママ)も加わり、販売店としてはかなり強固なつながりを持つ組織が出来上がった。
彼らの良いところは、職場では一切宗教に触れず、活動にも販売店の情報は絶対に利用しないということを、自ら申し出てくれたことだ。
これは私として、非常に助かった。
それにしても、この支店はものすごく奇妙なコミュニティとなった。
事故、そして20歳の決意
その兄弟の兄が配達中にカブで事故を起こし、年配の女性が亡くなった。
早朝の道に黒っぽい服装だったので、ライトでよく見えなかったとのことだ。
次の配達先の手前だったので停車寸前だったようだが、気づいた時にはすでに接触していたらしい。
転倒した時の打ちどころが悪く、その結果亡くなられた。
本人はかなり動揺した。
警察の聴取だけは本人、相手方への折衝、保険の手続き、葬儀への参列、事後処理を全て私が引き受けた。
彼の区域も私が肩代わりし、彼の復帰を待った。
が、復帰するかどうかは定かではない。
暗い道にはトラウマが残るだろう。
ことがことなので、私が出向する販売店の職長には当初から詳細を伝えた。
が、なんと、全てそちらの現場で対処してくれ、これでおしまい。
理由はなんとなく理解している。
彼にとっては、私の立場が面白くないらしい。
本来、彼が指揮を執るべき支店が、私の実験場となっていること、これが理由らしい。
うーん…。
K氏に間に入ってもらって、この事故の件はこちらで最後まで見るが、販売店として事故に遭った先方、配達員のケア、復帰への道筋、ここだけは協力して欲しいと伝えた。
彼は販売局の手前、わかったとは言ったが、結局何もしなかった。
事故に遭われた先方のご家族への対応は、うちの支店と販売局が乗り出して対応することとなった。あの職長は慌てて介入してきたが、お断りした。
先方のご家族も、私を窓口として認識したことが理由。
復帰
事故から2ヶ月少々して、彼は復帰した。かなり痩せていた。
弟が、私が配達員の補充をしないで待つつもりであることを伝えたらしい。
カブではなく、自転車で回りたいと言った。
自前でライトを2個、買っていた。
許可はしたが、人力でカブのトルクやスピードには敵わない。
デポジットで彼を待ち、状況に応じて私が逆順で手伝おうと考えた。
ところが、だ。
デポジットに現れた彼は通常の早さで到着した。
目がぎらついて、肩で息をしている。これでは今後が続かない。
私が手伝うと言ったが、拒否された。
「これは、自分が自分の問題を乗り越えるためにやっているんです。
手伝ってもらうと、そうでなくなる。
あのお婆ちゃんにも、自分が変わっていくところを見てもらいたいんです。」
(こいつは私の仲間だ)
誰にも代われない問題を、自分で背負おうとしている。
目を見ればそれがわかる。
何も言えなかった。
断っておくが、これは美談でもなんでもない。
実際に彼がそう言って、私のヘルプを拒んだ。
彼はまだ20歳だ。
でも、こうやって私の心を揺さぶることを言い、行動に移す。
彼を手伝うことは安易過ぎる、と考えなおした。
私はただ、彼の後ろ姿を見送った。
Sさんによると、彼の自転車配達はその後、私が退職しても続いたらしい。
カブと同じ早さで。
LTV、データベースマーケティングへ
Sさんは頼もしかった。
私がデータベースマーケティングのラフ案を説明すると、即座に理解してくれた。
実働部隊の指揮も執ると言ってくれた。
ラフ案はこうだ。
・拡販用の団員は入れない
・自分たちで顧客開拓をする:重要
・One to One マーケティングが骨子となること
・開拓用のツールとして、用意できたものが4パターンある
・ただし、目指すのは配達先の数だけタグがある状態を目指す
・しつこくしない:重要
・今でなくても、いつか販売に繋がれば良い
・目指すのは、目先の1部ではなく、LTVの視点での1顧客 :最重要
これでK氏の許可をもらい、スタートした。
あの職長の嫌がらせがあると思ったので、私の支店の販促費は販売店のそれと切り離してもらった。
この世界はこんなもんだ。
建前やきれい事が通じない。
それにしても、販売局自体がそれを認めるのもちょっと面白い。
だが、この時点ではまだ何も売っていない。
数字を入れる準備だけが整った。
ここからが、本当の闘いだった。
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